読書録

Friday, December 30, 2005

職業としての政治  マックス ヴェーバー(著)

読むたびに新たな発見。

古典というのは大したもので、読み返すたびに新たな発見があるものだ。以前読んだ際は、政治家の倫理について述べた後半部が印象に残ったが、今回再読して感心したのは職業政治家の諸形態について論じた中盤部の記述である。

そこを読むと、最近の日本における小泉総理の族議員に対する勝利という現象が、十九世紀末の英国における党リーダーと党官僚の名望政治家に対する勝利という現象とぴったり重なることが分かる。そこから帰結するのは、国会議員の総イエスマン化と、デマゴーグに導かれた事実上の人民投票制の到来である。

ドイツ流分類学の最も良質の部分を受け継いだヴェーバーの簡明な分析は、読んでいて小気味良い。翻訳も読みやすいので、是非手にとって見てほしい。

君主論 ニッコロ マキアヴェッリ(著)

研究者向けか。

「厳しい原典批判をへた画期的な新訳」ということだから、原文の忠実な再現という意味では賞賛すべき訳業なのだろう。詳細な訳注からも、訳者がこの翻訳にかけた意気込みは伺える。十年がかりの作業だったらしい。

しかし、読みにくい。ともかく読みにくい。一例を挙げよう。

「なぜならば、フランス王国は無敵のものとなったであろうから、もしもシャルルの創設した軍制が発展させられるか、あるいはせめて維持されていたならば。」

こんな日本語があるだろうか。たぶん原文を逐語訳し、その上語順まで再現しようとしたのだろう。でも、日本語とイタリア語では文章構造が全く異なるのだから、これはいくらなんでも無茶である。

冒頭にも書いたように、正確性という点では優れているのだろう。従って、専門の研究者が参照するテキストとしては適しているのかもしれない(もっとも、研究者だったら原典に当たると思うが)。その他の一般の読者は、悪いことは言わない、中公文庫でも講談社学術文庫でも、他の邦訳をお勧めする。

現代倫理学入門  加藤 尚武(著)

良い本だとは思うが…

類書がないという点では良い本だと思う。倫理学のトピックをこれだけ幅広く扱った本を私は他に知らない。博覧強記で鳴る著者だからこそ書くことのできた本だろう。

でも、倫理学について全く何も知らない人が本書を読んでもいま一つピンと来ないと思う。全体に情報量が多く、その割に各項目の説明があっさりしすぎているのだ。もう少し情報量を減らして、各項目についての解説を詳しくした方が入門書としては良かったのではなかろうか。

講義でテキストとして使用したり、既にある程度倫理学を学んだ人が全体を見渡すために読むためには、とても良い本だと思う。

Thursday, December 29, 2005

愛読書(メモ)

・思考の道具
「刑法概説」平野龍一
「言語哲学大全Ⅰ~Ⅳ」飯田隆
「論理学」野矢茂樹
「決め方の論理」佐伯胖
「ゲーム理論入門」武藤滋夫
「ミクロ経済学」「マクロ経済学」マンキュー
「ミクロ経済学の基礎」「ミクロ経済学の応用」矢野誠
「現代政治理論」キムリッカ
「自分で考えるちょっと違った法学入門」道垣内正人
「国際私法入門」澤木敬郎・道垣内正人

・好きな哲学者
「自由論」「ミル自伝」JSミル
「哲学入門」「西洋哲学史」「幸福論」「私の哲学の発展」ラッセル
「科学的発見の論理」「開かれた社会とその敵」「果てしなき探求」「客観的知識」ポパー
「アナーキー・国家・ユートピア」「哲学的説明」「吟味された生」「合理性の性質」ノージック

・古典あれこれ
「リバイアサン1巻2巻」ホッブス(JFB製本)
「統治論2部」「人間悟性論」ロック(JFB製本)
「人間知性研究」「人間本性論1部」ヒューム(JFB製本)
「道徳形而上学原論」「プロレゴメナ」カント(JFB製本)
「自由論」「功利主義」JSミル(JFB製本)

人間知性研究 デイヴィッド・ヒューム(著)

読みやすい。

イギリス経験論を徹底し、「数学と経験科学以外の本は火の中に投げ込め!」という過激な結論に達したヒュームの著作。その形而上学の否定は、後の論理実証主義の主張を先取りするものであった。本書でヒュームが展開した帰納の不可能性についての議論(明日、太陽が西から昇らないとどうして断言できるのか?)は、後のポパーの反証主義を理解する上で不可欠なものである。

読んでみれば分かるが、論旨は極めて明快で、大変読みやすい。翻訳はどうしても高価だが、ヒュームの英語は十八世紀のものとは思えないほど読みやすいので、原文で読むのも一手である。

Monday, December 26, 2005

社会契約論 J.J. ルソー(著)

冷静に。

本書で一般意思の無謬性を説いたことをもって、ルソーこそ全体主義の源流だと評する人もいる。しかし、ルソーは一般意思は公共の利害に関ることにしか及ばないと明言しており、人間の生活領域をパブリックなものとプライベートなものに分割し、国家の介入を前者に限定するというリベラリズムの基本理念は本書でも保たれている。

また、本書で民主政は神々には適しても人間には適さないと説いたことをもって、ルソーにアンチ民主主義のレッテルを貼る人もいる。しかし、ルソーが本書で言う民主政とは直接民主制のことであって、今日で言うところの議会制民主主義は「選挙制貴族政」と分類されているのである。

全体に、叙述がロジックよりもレトリックに流れているのは否定できず、そのことが様々な誤解を生む原因にもなっているのだと思う。書かれていることを冷静に読み取るようにしたい。

なお、本書でルソーは、主権の担い手である団体としての国民を「主権者」と呼び、統治の客体となる個々の国民を「臣民」と呼んで区別したが、この区別は今日でも有用だ。自分は国民である以上主権者で、従って国家に対して無限に要求できると本気で信じている人がこの国には少なからずいるからだ。

翻訳は、中公クラシック版が比較的読みやすい。

権利のための闘争 イェーリング (著)

情熱の書。

自己の権利が侵害された際に法廷等で徹底して闘うことは、単なる損得勘定の問題ではなく、自己の尊厳を回復するための倫理的自己保存であり、法を実現するための共同体に対する義務であると説いた情熱の書。

和をもって尊しとなし、訴訟を嫌う日本人にとって、西欧精神の極みである本書の主張は衝撃的であったらしく、西周により邦訳されて以降、法学部生の必読書として読み継がれている。英語圏ではほとんど読まれないことを思うと興味深い現象である。

余裕があれば、川島武宜「日本人の法意識」(岩波新書)や中島義道「ウィーン愛憎」(中公新書)と併読することを勧める。特に後者は西欧人の「権利感覚」が日常の中でどのように発現するか分かり面白い。

村上淳一の翻訳は躍動感あふれる名訳である。

Friday, December 23, 2005

道徳形而上学原論 カント(著)

翻訳の比較。

カントの本としては最も読みやすい部類に属するのだろうが、政治哲学の本としてはやはり難解で、一読了解とはいかない。提示される結論(道徳法則)は明快なのだが、そこに至る論証過程はどうしてもよく分からないところが残る。それでも外せない古典であることは間違いない。

入手可能な邦訳としては、岩波文庫の篠田訳、中公クラシックの野田訳、以文社の宇都宮訳の3つがある。最も読みやすいのは宇都宮訳だが、ちょっと高い。篠田訳も決して悪くないので、財布と相談して決めればよいだろう。

Wednesday, December 21, 2005

市民政府論 ロック(著)

古典。

自然状態、自然権、社会契約、立法府の最高機関性、抵抗権といった概念が本来どういう意味であったのかを理解するためには、原典である本書を読むのが一番だと思う。所有権の絶対性や正当防衛、親族関係について論じた部分は、現代アメリカ保守層の倫理観を理解する上でも有益である。17世紀の本なので敷居が高く感じられるかもしれないが、読んでみれば分かるとおり、何も難しいことが書いてある訳ではない。速読すれば1日で読了できる程度のものである。時間対効果は極めて高いと言えよう。

なお、他のレビュアーも指摘するとおり、「しかも」を逆説の意味で使い、関係代名詞をすべて「~するところの」と訳す等、岩波文庫版の訳文にはやや不自然な所がある。それでも全体の理解には差し支えない。

また、ロックは同じことを繰り返し長々と説明しているので、一文一文を丹念に精読していると途中でウンザリしてしまうかもしれない。少なくとも最初に読む際は、パラグラフごとの要旨を拾い読みするつもりで速読した方がよいと思う。

Sunday, December 18, 2005

高校総合英語Harvest 鈴木 希明 (著)

どうした桐原書店?

3年ぶりの改訂版で変わったのは、紙質が安っぽくなったのと、付属の音声CDが無くなったこと。紙質については好みの問題もあるかもしれないが、音声CDが無くなったことについては改悪としか言いようがない。出版社は一体何を考えているのだろう。学校一括採用に力を入れるのは結構だが、一般ユーザーを蔑ろにすると、手痛いしっぺ返しに合うことになるだろう。内容自体は優れているだけに、非常に残念である。

Saturday, December 17, 2005

言語哲学入門 服部 裕幸 (著)

ファーストステップ。

良い入門書の条件を三つ挙げるとすれば、当該分野の概要を要領よく伝えていること、当該分野について読み手に興味や関心を抱かせること、当該分野についての予備知識を前提としないこと、の三点だろう。本書はこれらのいずれも充たしているので、良い入門書である。

他のレビューアーも指摘するように、本書では問題に対する筆者の立場は必ずしも述べられていないため、若干物足りない感じもするかもしれない。だが、その辺のさじ加減も、読み手を更なるステップに誘うための筆者の工夫だと考えれば、肯定的に捉えることができるだろう。

本書を読んで面白いと思ったら、飯田隆「言語哲学大全」にチャレンジしよう。

Wednesday, December 07, 2005

哲学入門 ちくま学芸文庫 Bertrand Russell (原著), 高村 夏輝 (翻訳)

素晴らしい。

ラッセルの"Problems of Philosophy"の邦訳。同書は既に何度も邦訳されており、原文ならWebでも読める。それを今更どうして翻訳したのだろう、と疑問に思い書店で手にとってみたが、読み始めて納得。従来の邦訳をはるかに凌ぐ読みやすい日本語になっている。訳者の仕事に拍手を送りたい。

私はふだん、英米の哲学書は出来るだけ原典を読むようにしている。邦訳を読んでも、生じた疑問が原文に起因するのか翻訳に起因するのか分からず、結局原書に当たらないといけないので、二度手間だからだ。ところが本書は、原文の意味を極めて読みやすい日本語で伝えており、訳注も充実しているので、原文に戻る必要がほとんどない。これは哲学書の翻訳としては異例のことだ。本書のような翻訳スタイルが一般化すれば、日本における哲学への敷居は随分下がるだろう。

哲学とは本来、難解ではあっても、明晰なものだ。そのことを改めて実感させてくれる優れた訳業である。