読書録

Wednesday, August 24, 2005

刑法入門 大塚 仁 (著)

行為無価値論を俯瞰するならコレ。

刑法学では、行為の反倫理性を重視する行為無価値論と、法益侵害とその危険性を重視する結果無価値論が対立する。著者は、前者の立場を代表する刑法学の大家。本書は講演録を下敷きにしているので、類書に比べ読みやすく、解りやすい。

大きく総論と各論に分かれるが、総論部分は、一部に著者独自の見解も見られるものの、概ね行為無価値論の標準的見解に沿って解説がされている。各論部分は、少ない紙幅の中で、きちんと各犯罪の実行の着手時期と既遂時期、それに罪数関係を明示しているのが特徴である。総論と各論のクロスレファレンスも充実している。

最近は結果無価値論に押されがちな印象もある行為無価値論であるが、日本では結果無価値論は行為無価値論に対する批判として登場してきた経緯があるので、大学などで結果無価値論の講義を受けている人でも、行為無価値論の概要を知っておくことは有益である。累次の改訂により最近の刑法改正にも対応している。

Thursday, August 11, 2005

三位一体改革ここが問題だ 土居 丈朗 (著)

広く読まれるべき好著。

著者がこれまで専門書や論文で述べてきた分析や提言を、一般向けに分かりやすく書き改めたもの。記述は至って平易で、経済学や財政学の知識がない人でも理解できる。

著者の分析は、言われてみればなるほどと思うことばかりだ。たとえば、新聞報道などでは「中央」対「地方」という単純化された形で語られることの多い三位一体改革だが、実際には中央官庁でも財務省と総務省と事業官庁では思惑が異なり、地方自治体でも都市部と農村部では利害が異なること。現在の地方交付税は「足りない分を補う」仕組みのため、地方自治体の財政改善努力に水を差す側面があること。税源、補助金、地方交付税の三者を同時に改革することを指して三位一体改革と言うわけだが、実際には地方債という第四の問題があり、これも含めて制度を設計しないと真の改革にはならないこと。こうした点を著者は明快に指摘する。

以上を踏まえた著者の提言は、極めてラディカルだ。大雑把に言うと、地方交付税については、財源保障機能と財源調整機能を分離した上で、前者についてはナショナル・ミニマムを維持するために必要な金額を事業官庁が全額負担するようにし、後者については一定比率で単純に再分配する。地方債については、国による補填の可能性を断ち、基本的に市場に委ねる。ただし、地方自治体間での格差是正については、所得再分配は地域単位ではなく個人単位で行うべきであるから、必要最小限にとどめるべきだというのが著者の立場だ。

こうした著者の提言は、現状と比較した場合あまりにドラスティックな改革を伴うものなので、政治的な実現可能性はほとんどゼロといって良いだろう。それでも、本書が「本来どうあるべきか」を簡明な形で描き出したことは、議論の方向をクリアにする上で有意義なことだったと思う。三位一体改革のように複数の制度が絡み合う複雑な問題ではこの点は尚更重要だ。

最近は郵政民営化問題の陰に隠れてあまり目立たない印象のある三位一体改革だが、国民生活への中長期的なインパクトという観点から見れば、郵政民営化問題などよりも遥かに重要なはずだ。ハードカバーのため新書やソフトカバーに比べると若干敷居が高い感じがするかもしれないが、学生だけでなくビジネスマンや主婦などにも広く読まれるべき本だと思う。

新版 法律学の正体 副島 隆彦 (著), 山口 宏 (著)

本書の読み方。

著者らによると、本書は法律学の各分野のアウトラインを初学者向けに解説することと、現在の日本の法律学の在り方を批判的に検討することの二兎を追ったものとのことである。私見によれば、本書は一匹目の兎は完全に逃がしてしまっているが、二匹目の兎を捕まえることにはある程度成功している。

本書は、第1章で「これが法律学の全体像だ」として総論を述べた後に、第2章以下で民法、憲法、刑法、商法、訴訟法、行政法の各法について各論を述べる、という形に一応なっている。しかし、第2章以下の諸法の解説は、あまり纏まりがなく、お世辞にも出来が良いとはいえない。最近は法律学の入門書にも分かりやすいものが増えてきたので、初学者が敢えて本書の分かりにくい(しかも相当にバイアスのかかった)解説で学ぶ必要はない。他方、既習者にとっては言われなくても分かっているようなことしか書いていない。

というわけで、基本的に本書は第1章だけ読めばよいものである。しかも、副島氏解説部分は学会裏事情的な話が大半なので、そうしたものに興味がない人は読み飛ばしてしまって構わない。第1章で山口氏が解説している部分だけ読めば本書のエッセンスは十分に理解できる。それは一言で言えば、「日本の法律学は学者の個人的価値判断をあたかも条文から演繹的に導かれたものであるかのように偽装しているにすぎない」ということで、その論旨は第1章の「法律学の恣意性について」という論考で展開されている。この論考は簡潔に纏まったなかなか秀逸なものなので、本当に時間のない人はここだけ読めばよいと思う。

本書の法律学批判は一面の真理を衝いたものだと思う。だからこそ本書は全体としての纏まりのなさにも関らず、これだけ版を重ねているのだろう。ただ、本書では「なぜ日本の法律学はそのようなものになってしまったのか」という原因の究明や、「では法律学はどうあるべきか」という解決策の提示は行われてない。

原因については、欧米では無数の具体的事例の「結晶」として様々な法的ルールが形成されてきたのに対し、日本では外国から既製品としての法的ルールを輸入した結果、日本の法律学及び法学教育の力点は外来のルールを国内の事例に器用に当て嵌めることに置かれ、事例からルールを抽出するという法律学本来の役割が軽視されてきたこと、解決策については、解釈学の枠に捕われず立法論も含めて自由に論じること、価値判断部分を隠さずに前面に出して議論を展開すること、経済学等の社会科学の成果を取り入れて事実判断部分を精緻化すること、等が一応の方向ということになるのだろうが、そうした点についての立ち入った議論は見られないのが残念である。

Amii-versary 尾崎亜美

良いですよ!

ベストアルバムが沢山出ていて、どれを買ったらいいか、と悩む人は、アミバーサリー2枚を買っておけば間違いないでしょう。レーベルごとにセレクトされているので、1枚ごとに一貫したカラーが出ていて良いです。音質もクリアーだし、お勧めです。

憲法問題入門 長尾 龍一 (著)

再版を切望する。

憲法「問題」入門という一風変わったタイトルが示唆するように、本書は狭義の憲法学、つまり憲法解釈学の入門書ではない。むしろ、戦後憲法学への痛烈な批判の書である。「あとがき」で、著者は次のように述べる。

「昔の占星術とか最近の『弁証法的唯物論』とよばれたマルクス解釈学とか、多数の優秀な人材が生涯を投じた学問領域で、前提が根本的に誤っている領域は少なくない。戦後日本憲法学もそれではないか。」

憲法学批判の類には批判対象への無知と誤解に基づくものも少なくないが、本書はそうした論難とは明確に異なる。幅広い学識に裏打ちされた説得力ある批判である。著者が戦前・戦後の憲法思想のみならず、古今東西の哲学や歴史に通じていることは、本書の随所に挿入される逸話からも明らかだろう。

本書は、憲法学を全く学んだことのない人にはお勧めしない。知らないことへの批判を読んでも正しい理解には繋がらないからである。かつて大学等で一通り憲法学を学んだが、どうもしっくりこなかったという人にお勧めである。

“癒し”のナショナリズム―草の根保守運動の実証研究 小熊 英二 (著), 上野 陽子 (著)

続報を望む。

上野陽子氏が卒業論文として行ったフィールドワークに、指導教官である小熊英二氏が背景説明と解説を加えたものです。
他のレビュアーの方も書いていますが、2001年当時と現在では「つくる会」の構成も活動も大きく変化しているので、フィールドワーク部分には現在では歴史的記録として以上の価値はないでしょう。どなたかがその後の動向をフォローした続編を書いてくれないかな、と期待します。
小熊英二氏による背景説明と解説は簡潔明瞭で良いかと思います。