読書録

Saturday, March 22, 2008

宰相 吉田茂 高坂 正尭(著)

示唆に富む。

当時一般的だった吉田茂への否定的評価を一変させる契機となった表題作「宰相 吉田茂論」のほか、岸信夫、池田勇人を吉田茂と対比して論じた「吉田茂以降」、保革対立の最中で対話の必要性と可能性を論じた「妥協的諸提案」を収録。最後の「偉大さの条件」は吉田茂への追悼として書かれたもので、論旨は表題作とほぼ同じ。逆接を多用する独特の文体はやや読みにくいが、随所に散りばめられた鋭い洞察は、現在の政治を考える上でも示唆に富む。

Thursday, March 13, 2008

丸山眞男―リベラリストの肖像 苅部 直(著)

手堅い評伝

丸山眞男についての著作の多くが批判か擁護を目的としているのに対し、本書は青年時代から晩年までの丸山の思想の展開を冷静に綴っている点に特徴がある。叙述は淡々としているが、分析は鋭く深い。全体に非常に手堅い出来栄えで、著者の思想史研究者としての優秀さが覗える一冊である。

Monday, March 10, 2008

八月十五日の神話 佐藤卓己(著)

メディアが作る国民史

「言論統制」を読んで著者のファンになり、2冊目として購入。期待に違わない良著だった。特に圧巻なのは序章と第1章。戦前の国民史が国家によって作られたように、戦後の国民史はメディアによって作られてきた。その過程が、まるで推理小説のように解明される。これに対し第2章と第3章は、学術論文をベースとしているだけに、緻密である反面、読み物としての魅力はやや落ちる。それでも、全体に丁寧な造りで、得るところの多い一冊である。

Monday, March 03, 2008

論壇の戦後史 1945-1970 奥武則(著)

戦後論壇という不思議な空間

著者は毎日新聞の元学芸部長で、現在は法政大学の教授。論壇記者としての経験を活かし、丁寧で的確な分析がなされている。筆致は落ち着いているが、要所要所では鋭い。「<民主>と<愛国>」のような重厚さはないが、決して内容が薄い訳ではない。戦後論壇の歴史に興味のある人は、まずは本書を手に取るべきである。

本書の受け止め方は人によって様々だろうが、私が読後に改めて感じたのは、戦後論壇という言説空間の不思議さである。そこで中心問題として論じられたサンフランシスコ講和条約や日米安保条約の是非は、一見すると価値観・世界観の対立であるが、煎じ詰めれば、国際情勢の見通しに帰着する事実問題でしかない。論壇で活躍した「知識人」達は、たしかに頭脳明晰ではあったのだろうし、当時最新の理論や古今東西の古典にも通暁していたのだろうが、国際政治に関する情勢判断の正しさを担保するのは、理論の理解でもなければ古典の知識でもなく、アクセス可能なインテリジェンスの量と質のはずである。この点において、「知識人」達は実は素人と何ら変わらなかったのではないか。華々しく展開された「理想主義」と「現実主義」との対立も、操作された公開情報に基づくソビエト社会主義に対する好き嫌い以上のものではなかったように思われる。リアルタイムの論壇読者からは怒られるかもしれないが、後知恵で総括してしまえば要はそういうことではないだろうか。

Sunday, March 02, 2008

言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家 佐藤 卓己 (著)

立身出世と思想形成

戦時言論統制を統率した情報官・鈴木庫三少佐は、死の床に至るまで、自己の行動の正義を確信していた。そうした鈴木の思想の形成過程を丹念に辿ったのが本書である。ある人が自由と民主主義を憎み、国家社会主義に共鳴するに至るのはどのような事情によってか、私は本書を読んで初めて理解できた気がする。戦時下の文化人達が鈴木の「一喝」の前に「縮み上る」ほかなかったのは、もちろん陸軍の権勢によるところも大きいだろうが、同時に彼らが鈴木ほどの強固な信念を持たなかったからではないか。「思想戦」の帰趨を決するのは、最後は体験に裏付けられた信念の強度なのかもしれない。新書にしてはかなりの大部だが、一気に読了した。