読書録

Monday, March 03, 2008

論壇の戦後史 1945-1970 奥武則(著)

戦後論壇という不思議な空間

著者は毎日新聞の元学芸部長で、現在は法政大学の教授。論壇記者としての経験を活かし、丁寧で的確な分析がなされている。筆致は落ち着いているが、要所要所では鋭い。「<民主>と<愛国>」のような重厚さはないが、決して内容が薄い訳ではない。戦後論壇の歴史に興味のある人は、まずは本書を手に取るべきである。

本書の受け止め方は人によって様々だろうが、私が読後に改めて感じたのは、戦後論壇という言説空間の不思議さである。そこで中心問題として論じられたサンフランシスコ講和条約や日米安保条約の是非は、一見すると価値観・世界観の対立であるが、煎じ詰めれば、国際情勢の見通しに帰着する事実問題でしかない。論壇で活躍した「知識人」達は、たしかに頭脳明晰ではあったのだろうし、当時最新の理論や古今東西の古典にも通暁していたのだろうが、国際政治に関する情勢判断の正しさを担保するのは、理論の理解でもなければ古典の知識でもなく、アクセス可能なインテリジェンスの量と質のはずである。この点において、「知識人」達は実は素人と何ら変わらなかったのではないか。華々しく展開された「理想主義」と「現実主義」との対立も、操作された公開情報に基づくソビエト社会主義に対する好き嫌い以上のものではなかったように思われる。リアルタイムの論壇読者からは怒られるかもしれないが、後知恵で総括してしまえば要はそういうことではないだろうか。

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