読書録

Wednesday, October 05, 2005

憲法総論 憲法学 芦部 信喜 (著)

戦後憲法学の苦労が分かる。

著者の「憲法」(岩波書店)は法学部生なら一度は手に取る定番であるが、これを読んだ時の私の感想は、憲法学というのは学問というより神父の説法のようなものだなというものであった。結論に至る過程が語られず、高所から教説を授けられるような印象を受けたからだ。一応、理由らしきものは提示されるのだが、それが他の結論を採る可能性を排除するものにはなっておらず、政治哲学や経済学等の他の学問、あるいは刑法学等の他の法分野に比べ、論証が粗雑に感じられた。従順な学生を相手に思ったことを口にしていればいいなんて、憲法学者というのは気楽な稼業だな、とさえ思ったものだ。

だが、本書を読んでみて、憲法学者もそれなりに苦労して自説を構築しているのだと分かった。戦後日本の複雑な政治状況の中で、学問としての中立性・廉潔性を保ち、保革対立に正面から巻き込まれないよう留意しながら、個人の尊重や国民主権といったリベラリズムの基本価値を説いていくことは、決して容易ではない。そうした困難な事業に取り組んできた戦後憲法学の苦労の軌跡が、本書からは伺える。また、著者の「憲法」のある種の「歯切れの悪さ」も、海外の理論を限られた字数で紹介する際にも出来るだけ原文のニュアンスを損なわないようにしようという著者の知的良心の表れであることが、本書を読んで分かった。

勿論、具体的な結論には納得のいかないものも少なくない。例えば、一方でポツダム宣言の受託により「八月革命」が起こり「国体」は変更されたとしつつ、他方で「国柄」は変更されていないから明治憲法下で制定された法律も有効だとするのは、便宜的にすぎるように思える。また、現行憲法の正統性や自衛隊の違憲性を論じるに当たり、「法理論としては」という留保を頻発するのも、やや言い訳めいて見える。

それでも、ある程度以上に知的に敏感である人ならどうしても感じてしまうであろう憲法学の学問性に対する疑念を、(払拭とは言わないまでも)緩和してくれるという意味で、本書は貴重である。

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